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ああ美し也、レバノン也! (2月8~11日)

数ヶ月前、冬が寒いパレスチナ周辺国はスルーするつもりだった。
社会人時代に来たことがある、ヨルダン・シリア・レバノン。
それがエジプト革命の影響で入国が早まり、時間ができた。
そしてシリア陸路入国失敗。南アW杯以来の友人との再会。
招かれて来た感のあるレバノン再訪は、素晴らしい時となる。
ベイルートを中心にした地中海沿岸部の魅力を語ってみたい。


シリア入国失敗の悪夢が冷めやらぬ翌日、空港へ向かう。
チェックインカウンターで、質問が飛んでくる。
「帰りの航空券は?」「現金2,000ドル以上持ってるか?」
もちろん、ノーである。訝しげな表情を作られ、ドキッとする。
クレジットカードを提示し、あれこれ説明して、何とか抜ける。
コレで出国できなかったら、目も当てられない。
たった1時間のフライトに160USD近く払っているのだ。
レバノン入国は問題なし。ヨルダン出国が何より嬉しい。
レバノンの首都ベイルートの空港に無事到着。
町までもバスを見つけてお安く移動。宿のすぐ手前まで行く。
順調な滑り出し。夜には友人To君にも無事再会。
(“T君”が多くなってきたので、南アの時と表示を変えます。)
7月末の南ア以来の再会だ。彼はかわいらしい彼女連れている。
というわけで、それ程一緒に行動することはなかった。
けれど話すネタはたくさんある。長期旅行者の話はやはり濃い。

翌日、1人でビブロスへ向かう。約1時間、約110円。
物価が高いと言われるレバノンだが、交通費はかなり安い。
“聖書(バイブル)”はビブロス由来の言葉らしい。
そしてビブロスのギリシア名は“パピルス(書物)”。
またギリシア文明の起源・クレタ文明の始祖はレバノン沿岸出身。
地中海岸にあるこの遺跡、その栄光は計り知れない。

ビブロス遺跡は町の中、地中海のまさに沿岸にある。
01 ビブロス 02 ビブロス 03 ビブロス
大物はない。入り口の傍にある十字軍時代の建物が一番大きい。
この城跡は2005年に訪れたレバノン・トリポリのと似ている。
5年以上経っても覚えている。この独特な複雑で整った通路。
高いところから見ると、ギリシア様式の柱も見える。
文化の交差点であるこの地を象徴するかのような風景だ。
なにせ、新石器時代の住所跡から続く足跡の蓄積がある
青銅器時代の大公邸、前18世紀の神殿、
紀元前3000年頃の市街門、ローマ劇場、ペルシア時代の砦。
遺跡内に引かれた線路も、何を損なうこともなく佇む。
時代のコンプレックス。それがビブロス遺跡である。
この遺跡は美しい。歩いているだけで思わず微笑んでしまう。
何故か。それもまた、コンプレックスであるからだ。
新石器時代の遺跡の傍にパステルカラーの町と近代的なビル。
その向こうには美しいレバノン山脈がすぐそこに迫っている。
振り返れば、透き通った美しい海。見上げれば、晴天。
遺跡の灰色と茶色。町の豊かな色彩。緑の山々。空と海の青。
大きなモノだけが素晴らしいのではない。
保存状態だけが遺跡の価値ではないのだ。
時代と自然のコンプレックス。
こんなに美しい遺跡を見たことがない。
04 ビブロス 05 ビブロス 06 ビブロス

翌日は南下である。
首都の北にビブロスがあるならば、南にシドンとティルスあり。
現在名はそれぞれサイーダとスールだが、古名の方が通りがいい。
シドンはその名の響きの良さからゲームなどにも多用される地名。
01 シドンとティルス 02 シドンとティルス 03 シドンとティルス
04 シドンとティルス 05 シドンとティルス 06 シドンとティルス
歴史は古いが、旧市街は作りは古いのにキラキラと新しく見える。
薄い黄色を基調とした町並みは昔の伝統と現在の生活の結晶だ。
穏やかで優しいレバノン人とその知性のようなものが見える。
ビブロスで会った遺跡保存団体の人は苦言を呈していた。
「レバノン人は簡単に古いものを壊す」、と。
それは悪いことだろうか? 僕はそうは思わない。
古いものを有難がるのは、盲目ではないか。
本当に素晴らしいものは生き残る。これが伝統であり、融合だ。
一番の見所は、海の要塞。十字軍が建てたものである。
だがその起源はフェニキア人が神殿を建てた小島なのだ。
大地から一筋伸びる砂州の向こうに浮かぶ小島。
海の民フェニキア人特有の立地。海は最高の“防壁”なのだ。
彼らにとって、海の上なら敵はいないのだ。

次のティルスには残念ながら“海の要塞”が残っていない。
ここには、アレクサンドロス大王を最も苦しめた要塞があった。
島に浮かぶ彼らの城をどうしても攻略できなかった。
7カ月かけて海岸と島を繋ぐ道を作り、滅ぼした歴史がある。
和平交渉にも応じずに戦ったフェニキア人の誇り高さ。
現在は海の中。ここまで来て想像しかできないのは残念だ。
現在は2万人以上収容できた競技場とローマの遺跡が残る。
南側の海岸沿いにある列柱通りとモザイクタイルも素晴らしい。
07 シドンとティルス 08 シドンとティルス 09 シドンとティルス

そして、ベイルート。
時期が時期だからかもしれないが、街角に戦車が見える。
12 ベイルート
兵士たちはフレンドリーだが、どうしても構えてしまう。
何泊かして仲良くなった宿のオジサンとこんな話をする。
「日本は地震が多いのか?」「多いよ。レバノンは?」
「レバノンはないよ」「うらやましいな。平和だね。」
「でもな、5年に1回、戦争があるけどな。ハハハハハ!」
オジサンの言葉につられて笑ってしまったが、笑い事ではない。
『中東のスイス』レバノンの首都ベイルートは『中東のパリ』。
そんな言われ方をするが、僕の中では危険なイメージが拭えない。
1970年代の内戦(西地区のイスラム教徒と東地区のキリスト教徒)、
1980年のイスラエル侵攻、2006年のイスラエルによる空爆。
なるほど、5年に1度は言い過ぎにしても、かなりの戦歴だ。
有名なこの建物は、その歴史の象徴でもある。
01 ベイルート 02 ベイルート
“旧市街”と言われた地域も建て替えが進み、今や“新市街”。
現在インフラ投資が進み、海岸沿いには高級ホテルが並ぶ。
美しい町並み。現在のベイルートも中東ではなく欧州のようだ。
お洒落通りハムラ地区はブランドショップが並ぶ。
ジムの傍のカフェではアラブ人女性が生足で休憩していたりする。
03 ベイルート 04 ベイルート 05 ベイルート
夜の繁華街はジュマイゼ通り。キリスト教地区にある。
クラブやバーが並んだ町に着飾った男女が溢れている。
イスラム色はやはり薄い。23時ごろに閉店することだけが奇妙だ。
一転、コーラBTの近く、マズラー地区は下町情緒が残る。
商店街と気さくな人達。とぼとぼと歩き、街角でコーヒーを飲む。

ベイルート最大の見所は、国立博物館である。
過去最高レベルと言っても過言でない程のハイレベル・ハイセンス。
有名博物館は所狭しと展示物が溢れ、倉庫のような所もある。
ここは厳選されている。展示してあるものすべてに個性がある。
また、展示の仕方が整然としている。見やすく工夫されている。
バリエーション、奇抜度合い、色彩。すべてハイレベル。
06 ベイルート 07 ベイルート 09 ベイルート
11 ベイルート
大きいものでは、立体感が美し過ぎる石棺が際立つ。
石棺の1つにはフェニキア文字が彫られた貴重なものもある。
小さいものでは、ビブロス出土の青銅の像。シルエットが美しい。
コインもショーケースに拡大鏡が付けられ、見せ方も完璧。
小さいものには小さいもの独特の繊細さが溢れている。
入口にあるレバノン杉を見て、満足して博物館を出る。
10 ベイルート 08 ベイルート


レバノンの“美しさ”を語る上で忘れてならないのが、若い女性。
現在、60ヶ国以上を廻っているが、間違いなく美形率はトップ。
間違いなく7割以上、おそらく8割以上は美形である。
目を疑うくらい。もちろん、スタイルも抜群。
ロシアやペルシアのような“冷たさ”もない。
フレンドリーだし、イスラムの文化があるためかスレてない。

レバノンの地中海岸地域、恐るべし。
この感動はどう伝えていいのかわからない。
中東の国々の中でも異色を放つレバノンはすべてが美しい。
“物価が高い”とパッカーに敬遠されがちなレバノンである。
実際、交通費が安く、宿にキッチンがあるから大丈夫だ。
やり方によってはヨルダンより安く旅できる国である。
旅人はレバノンを見直すべき。物価高は過去のイメージだ。

ああ美し也、レバノン也!
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