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イースター島に完敗! (12月10~17日)

待ちに待っていたイースター島。
“南米で最もよかった場所”に挙げる人もいるモアイのある島。
大陸から3700km、西のタヒチからも4000mの距離がある孤島。
かなり期待していた場所であるのだが、結果は…。
ということで、今回の記事の題名、変換間違いではありません。
“乾杯!”じゃなくて、“完敗!”なのだ。

飛行機は早朝6時に空港へ着いた。本土との時差は2時間である。
今回の日程は航空券価格の安さで決めた。12月なのに374USDだ。
何故か他の日より100USD以上安い。出発時間帯のせいだろう。
それを教えてくれたE君が今回のイースター島でのパートナーだ。

まだ暗い空を見上げるまでもなく、音で雨が降っているのがわかる。
預けたバッグが出てくるのを待ちながら、向かいのカウンターへ。
宿の客引きだ。その中で一番安かったおばさんの車で村へ。
“ドミトリオ、セグンド・ピソ(2階)、5000ペソ(10ドル)”
この料金がイースター島最安の理由は“屋根裏部屋”だからだ。
立って歩くことはできない天井の高さである。
朝、体を起したときに頭をぶつけたこともある。
いつもリビングにいるし、寝るだけならば、慣れたら何ともない。
これはバックパッカーしかわからない感覚かもしれない。

さて、雨である。しとしと降る、雨である。
12月の雨はめずらしいらしいが、ここ数日は雨ガチらしい。
午前中は昨夜分の睡眠、軽く宿の周りを歩き、初日が終わる。
昼はパスタ。夜はリゾット。
本土でたっぷり食材を買ってきたこともあり、腹いっぱい食べる。
イースター島の物価は本土の3-4倍だから、かなり得した気がする。
ゆっくりで、得して、腹いっぱい。なんか、いい日だな、と思う。

2日目も雨だ。今日は昨日より更に弱いが、太陽は雲の向こうだ。
シットシットと降る、雨である。
雨脚が更に弱まったのを見計らい、傘を差さずに外へ出る。
島内に散らばるモアイだが、島唯一の集落・ハンガロア村にもある。
場所は西側の海岸沿い。僕のいる宿の北に見えるタハイ遺跡だ。
近過ぎて有難味がないが、正真正銘のモアイである。
荒海を背にしてちょっとアゴが上に向いているような気がする。
01イースター島 02イースター島 03イースター島 04イースター島
並んだモアイ。1体で立つモアイ。目ありモアイ。離れてもう1体。
カノ時代モアイには目があったらしい。ココのはイミテーション。
実物(本物)はイースター島博物館にある。午後は博物館へ。
05イースター島 06イースター島07イースター島
日本語の説明資料もあるこの博物館はなかなか面白い。
世界でも稀有な島のバックグラウンドを一通り知ることができる。
夕食は居酒屋『甲太郎』へ。イースター関連のビデオ観賞。
中田のドキュメントやイッテQ、めざましテレビでお勉強。

3日目も雨。
でも、明日から晴れるとの予報を聞き、少しうれしくなる。
今日も雨が上がった隙を見て散歩に出る。海岸沿いを南下。
日本人の定宿に行き、皆とレンタカーで島内を廻る計画を立てる。
夕方、西の空に太陽が見えた。まだ高いから黄色い夕日。
雲のホンの隙間から顔を出した光に周囲から歓声と拍手があがる。
08イースター島 09イースター島

4日目はまあまあ。といっても、これまでで最もいい天気だ。
日曜日の今日は教会でミサがある。南国風のゴスペルが流れる。
午後はちょっとしたトレッキング。村の南のラノ・カウへ向かう。
空港の南から舗装道を逸れ、草むらの中をゆく。
室内生活で鈍っているが大したことはない。E君は辛そうだった。
2時間くらいでラノ・カウの火口湖に着く。火口の中は湿地帯だ。
10イースター島 11イースター島
12イースター島 13イースター島
美しいのナンノ。イースター島のベストスポットの1つである。
火口の反対側にあるオロンゴの儀式村跡からは3つの島が見える。
鳥人儀礼という村のトップを決める競技大会の舞台だったらしい。
島からグンカン鳥の卵を持ち帰れるのは、間違いなく勇者である。
帰りに立ち寄った、アナ・カイ・タンガタという洞窟。
食人洞窟という名の洞窟はその内部の岩模様が美しい。
壁画もいいが、“法則のない立体的幾何学模様”に見惚れてしまう。
14イースター島 15イースター島 16イースター島

よし、モアイを見に島めぐりに行くぞと決めていた、5日目。
天気は快方に向うのではなかったのか? 早朝、滴が屋根を叩く音。
屋根裏で耳を疑い、窓の外を見て目を疑う。
空を見上げ雲と風を疑い、自分の“運”と“運命”をも疑い出す。
紛れもない雨天。同行予定の皆は日程の問題で島巡りを決行。
僕とE君は回復を待つことにした。
もうさすがにやることがない。外を見る僕の目と口は下を向く。
その夜の雨は凄かった。嵐だった。
調子によく沢山食べ続けていたため、食料も少なくなっていた。
宿も居心地が悪くなってきていた。
天候不順で飛行機の便も乱れ、おばちゃんの機嫌も悪い。
僕らの宿は空港から遠い。雨天では荷物を持って歩くのはキツイ。
僕らは空港近くの宿に移ることにした。1泊15USD/人の個室。
でも、朝3時出発を理由にほぼ2泊を1泊料金にしてもらえた。
イースター島に朝の6時に着き、7つの夜を越え、朝3時出発。
7泊で約5800円。1泊平均830円はチリでは信じられない安さ。
それも物価の高いイースター島での話だ。
シテヤッタリではあるが、「ワタシャそれよりセが欲しい」である。
この“セ”とはもちろん、“晴天”の“セ”である。

イースター島最終日は僕の誕生日。
昨夜は前日と同じく風雨が屋根と窓を叩きつける音が聞こえた。
朝には雨は小ぶりに。昨日は村周辺だけ雨が強かったようだ。
村を出れば天気はもっといいだろうと前向きに考える。
何と言っても今日しかない。レンタカーも予約済みだ。
誕生日祝いの電話も貰い、テンションが更に上がった。

村を出て、島の中央を通るメインロードを真っ直ぐ進む。
島の最高峰テレバカを過ぎ、右手に見えてきたのはプイの丘だ。
イースター島最大の祭『タパティ・ラパ・ヌイ』のメイン・イベント、
『ハカペイ』が、このプイの丘で行われるのだ。
この急斜面を、2本のバナナの木のソリに乗って滑り降りる。
成功すれば家族や友人に1年間自慢できるくらいの急斜面だ。
ちょっとだけのつもりが頂上まで登ってしまう。“山があるから”。
薄灰色の空だが、草原の緑が美しい。直射日光なしでも映える緑。
『ハカペイ』の坂を駆け下りる。濡れた草で滑って尻もちをつく。
一筋の茶線がみえる。下で杭とバナナの木のソリを見つける。
やはりココだ。ココを滑り落ちるのだ。でも、やれそうな気がする。
17イースター島 18イースター島 19イースター島

最初のモアイはアフ・ナウナウ。アナケアビーチに立つ7体だ。
砂に埋もれていたため保存状態がいいというモアイ達は、イイ。
「イイ」とは漠然としているが、イイのだからイイのである。
E君と僕は車から林を抜けて砂の上をモアイまで話しながら歩き、
モアイの周りで自然に別行動をし始めた。
やはり1人でじっくりとマイペースで、が2人とも好きなのだ。
んーん、いやいや、これはこれは…。何と言ったらいいのだろう?
美しい。デカイ。スゲー。いや、“カッコイイ”が一番適切かなあ。
畏怖堂々とアフと言われる台座の上に立ち並ぶモアイ。
こうやって並んでいるのを見ると、それぞれ個性が見止められる。
なんとなく、人間の個性を表現するのと同じような感じ。
僕は一番左側のモアイが顔立ちが整いハンサムで好きだったが、
E君は左から3番目がどしっとしていて好きだと言った。
赤い帽子のようなプカオを乗せ、モアイは堂々とそこにあるのだ。
21イースター島 22イースター島 20イースター島

海岸沿いを南下。次は、テ・ピト・クラ。
丸いパワーストンはよくわからなかったが、モアイ・パロは確認。
アフに立てられたことのある最大のモアイは一目ではわからない。
前向きに倒れているから石の塊にしか見えないのだ。
すぐ近くまで行って、よーく見たらわかる。保存状態も悪い。
そのかわり、モアイの形を実感した時の喜びは大きい。
プカオも傍にある。争乱でモアイが倒された時のままなのだろう。
倒された場面を頭の中でシュミレーションしてみると、
モアイ本体とプカオの位置関係が、理に適った配置となっている。
23イースター島

道沿いにある石絵などの遺跡に寄りつつ、トンガリキへ向かう。
最近の雨で、元々ガタガタの道は更に走りにくくなっている。
4WDでなければここをゆくのは無理だ。道の至る処に穴がある。
ボティには泥が飛んでいる。しかし、だから更に運転は楽しい。

アフ・トンガリキ。アフに立ち並ぶ15体のモアイ。
颯爽と並ぶモアイ達を立てたのが日本の会社というのは誇らしい。
入口には日本に来たことのある唯一のモアイがある。
このモアイが一番“教科書モアイ”らしい。日本標準モアイ、だ。
24イースター島 25イースター島 26イースター島

一番期待していたラノ・ララク。モアイ製造現場である。
島に立ってるのは約30体だが、島全体では900体ほどあるらしい。
つまり、モアイのほとんどは、このラノ・ララクにあるのだ。
車を停め、入場料を払う。島唯一の、チケットが必要な場所だ。
右へ右へ歩いて行くとモアイがズラズラと見えてくる。
形も大きさも様々、つまり年代もバラバラだ。
中には運搬途中で壊れたと思われるものもある。デカ過ぎなものも。
顔を見ているとどれも違う。
精悍な顔。子供っぽい顔。田舎者。番長。うっとり顔。
佇まいも同じく。真っ直ぐ。前傾。斜め。横たわり。穴の中。
地中に埋まっているものもある。
「あのモアイはクルッと回って輪っかを口からはきそうだ」
なんてのも。(わかるかな?) E君が同年代なのでこんなネタも。
27イースター島 28イースター島 29イースター島
31イースター島 33イースター島
30イースター島 32イースター島
前傾のモアイに潰されようとしている(または支えている)ところと、
正座しているモアイの横では同じような姿勢で写真を撮る。
入口を挟んで向こう側を進むと湖があり、更に奥へ行ける。
ちょっと坂を登ると、崖の向こうにアフ・トンガリキと海が見える。
34イースター島 35イースター島 36イースター島
大地の緑と海の青に、モアイがある。人工物が自然物に思われる。

南東の海岸沿いには倒され痛んで顔貌のはっきりしないモアイが。
僕はこれを、“しゃもじモアイ”と呼んでいた。
このしゃもじモアイ、それはそれで風格があるものなのである。
37イースター島 38イースター島

プカオの切り出し場と唯一海を見るモアイを見て、村へ戻る。
なかなか時間がかかった。それだけ、見所があったという感じだ。
村に戻ってくると案の定、雨が降っていた。
そして…、ホステルに着いた時、自分のバックがないことに気づく。
後部座席に置いたはずの2つのバックがどこにもない。
たぶん、ラノ・ララクを観光している間に車上荒しされたのだろう。
大切なものはちゃんと持って出たはずだったが、財布がない。
手持ちのドルと円が全部なくなってしまった。
クレジットカードも2枚。財布はポトシで作ったヤギ革だった。
それに、トレッキングパンツの裾部分が中には入っていた。
寒くなった時用にと、鞄の中に入れておいたのだ。
切り離せした裾なんて犯人は使い道がないだろうが、
僕にとってはかなりイタイ。パンツを買い直さなければならない。
警察に行き、カードを止め、食事をしたのは腹ペコの22時…。

日程とホテルの選択や食品の持ち込みでかなり安く仕上げ、
なかなかに節制をして本土以上にエコノミックだったのに…。
空も、結局一度も快晴がなかった。
帰りの飛行機は結局7時間も遅れた。ビーニャに戻ったのは23時。
下を見る。不似合いな短パン。裾がない。また、思い出す。

モアイ等は素晴らしかったが、僕のイースター島には完敗である。
イースター島の支配者モアイが固く閉じていた口を微かに開け、
僕を見下して笑っているかのようだ。
本土に戻り、ビーニャの青空を見て、
吸えない煙草でもふかそうかと思った。
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